月の記録 第28話


ブリタニアの辺境の町。
ここにはブリタニア軍の前線基地の一つがあった。
今回の視察は、この前線基地に関わるものだったが、内容自体はとても薄く、移動距離の割に身にならないと、上位の皇族達は全員拒否したため、ルルーシュに白羽の矢が立ったのだ。
だから予想通り内容は薄っぺらで、メインは皇族を迎えたパーティーだった。要は、折角基地があるのだからこれを理由に誰でもいいから皇族を呼び、皇女なら息子を、皇子なら娘を差し出す場を作りたかっただけだった。
先日の貴族と同じ考え。
恐らく別ルートでの帰路でも、同じような考えの貴族達が集まり、娘を連れてアピール合戦を繰り広げるのだろう。よくよく見れば、先日見かけた貴族とその令嬢の姿がちらほら目に入る。少しでも見初められる確率を上げるため、わざわざ追いかけてきたのだ。最低あと1回はこのような催しが行われると思うとうんざりする。
ルルーシュ殿下も17歳。
婚約者がいてもおかしくはないお年頃。
末端とはいえ皇族なのだから、足がかりとしては十分使える。
何より美形揃いの皇族の中でも群を抜いているルルーシュの美しさを目にし、老若男女問わず一目ぼれした者は多く、何としてもここでルルーシュとのつながりを作り、ゆくゆくは家同士繋がる事が出来れば・・・。
そんな下心が目に見えるほど醜悪な夜会だった。

むせるような香水と、濃い化粧。
ゴテゴテとした成金趣味の宝飾品。
そして胸元を強調し、背中も大きく開いたドレス。
曲が流れ、ダンスを踊る時でさえ、視線はパートナーではなくルルーシュに向く。若い女性たちはこぞってルルーシュの近くの場所を陣取っていた。踊りながらも、一番いい場所を手に入れようと、相手にぶつかるのも構わすに前へ前へと自分を押し出してくる。ルルーシュを見つめるその視線は色を感じさせるもので、自分を魅惑的に見せようと、なまめかしい動きを付け加えたりするものだから、パートナーとして踊る男性は振り回され気味だった。
一人一人の女性を吟味しているならば、確かにいい目の保養になるかもしれないが、全体を見れば広く開けられたスペースの、ルルーシュ側に人が集まり、他はまばら。ぶつかろうが相手の足を踏もうが気にせず、むしろ互いに邪魔だと睨みつけ会い、優雅に舞い踊る曲とは無縁な自己アピールのためだけの無様な踊りを見せつけてくる。
曲が終わり、我先にとルルーシュの元へやってきたのは当然主催者とその令嬢。頬を赤く染め、とろけるような熱いまなざしをルルーシュに向け、豊満なその胸をアピールするドレスを更により色よく見ようと、一礼する際にも胸元を強調する角度と仕草を意識し、それと解るような眼差しを送ってきた。
それを見ているスザクは当然ながら不愉快な顔をしており、ルルーシュがそんなあからさまな誘いに乗るはずがないし、どちらかといえばかわいらしく清楚な女性が好きなんだよと、内心毒づいていた。
確かに娘は美しいが、どこか作り物めいて見えた。胸も作り物のような大きさで、かなり体を弄っているのではと勘繰ってしまう。何より父親とは全く似ていない。

「殿下、いいかがでしたか。娘は親の私が言うのもなんですが、このあたり一番の美しさ。今宵のお相手に寝室へ向かわせましょう」

明るい笑顔で平然と言ってのける貴族に、何て失礼なとジノでさえ眉を寄せた。確かに、領地の娘を自分より上位の者が滞在した際に差し出す事はないとは言わない。田舎であればある程その悪習は根強く残り、時には自分の妻を差し出すこともある。
特に貴族同士であれば、このような流れもないとは言わない。
実際に何度も経験しているジノもそこは解っているが、こっそり耳打ちするならともかく、これほど多くの者たちがルルーシュに意識を集中させている場所で、これ見よがしにい言う内容では無い。
しかも相手は皇族だ。
貴族とは違う雲の上の存在。
シュナイゼルやクロヴィスのように女性の話題が尽きない皇族ならいざ知らず、今現在までに浮いた話が一切出ていない皇族。
その手の話題を、例え秘密裏にでもしていい相手と駄目な相手がいる。
今ここにいるルルーシュは、後者。
何より、ここにいる騎士二人はこの皇子に並々ならぬ思いがあるため、例えルルーシュが前者だったとしても、容認する事はない。
これ以上失礼な発言があれば、スザクとジノは迷わず動いただろう。
だが、先に動いたのはルルーシュだった。

「醜悪だな」

明らかに機嫌を損ねた顔で、ルルーシュは言った。
大声を出したわけではないが、その声は遠くまではっきりと届いていた。

「え?」

この館の主とその令嬢は、いわれた事が理解できず驚きの声をあげた。

「聞こえなかったのか?醜悪だと言ったのだ。これほど無様で見るに堪えない下品なダンスは初めて見た。楽団が演奏している優美な曲を無視し、自己アピールに走った無様な踊りには、優美さどころか気品も調和も、何より私をもてなそうという意思が感じられない。お前の発言もそうだ。ここは盛り場か、場末のダンスホールか?私はここに、夜伽の相手を求めてきたわけではない」

皇子らしからぬ例えに、意味分かって言ってるの!?誰が吹き込んだんだ!とスザクとジノは目を白黒させ、貴族はルルーシュの激高に顔色を青くし、冷や汗を流した。

「で、殿下、我々は殿下に楽しんでいただきたく・・・」
「お前たちの考える楽しみと、我々の考える楽しみは違うらしい。みろ、我が父上の騎士二人を。楽しんでいるように見えるか?私にはそうは見えないな」

最初のころはにこやかに笑っていたジノでさえ、明らかに苛立ち、腹を立てているのが解る。今までルルーシュしか視界に入れていなかった者たちは、自分達は皇帝の騎士と皇族を怒らせていた事に、この段階でようやく気がついた。

「盛るなら、我々のいないときにしてもらおう」
「殿下、そして騎士様、勘違いをされております。我々は別に・・・」
「お前たちは皇族をもてなすだけの器すらなかったということだ。枢木」
「イエス・ユアハイネス」

スザクが手を差し出すと、ルルーシュはその手を取り立ち上った。

「私たちは失礼する。あとはお前達の好きなように楽しめばいい。ヴァインベルグ」

今日は後始末をする必要はない。と視線でうながす。

「イエス・ユアハイネス」

ジノは一礼し、先導するように歩き、ルルーシュはスザクに手を引かれこの場を後にした。会場は水をうったかのように静まり返り、全員が顔を青く染めていた。

静かな廊下を歩いていると、ルルーシュが口を開いた。

「ヴァインベルグ、帰路でもこのような夜会が開かれるだろう。予定を変更し、ルートを変える」
「ですがルルーシュ殿下」

皇族であるルルーシュが、一般的なホテルに泊まるわけにはいかない。
そういったホテルは、今から予約して取れるかどうか。
なにより警備の面で不安が残る。
前回といい今回といい、普段接する機会の無い皇族が来た事で羽目を外した貴族達の行いは目に余るが、警備担当のジノとしては、イエスと返答するのは躊躇われる。

「問題ない、丁度いい場所に屋敷を持っている奴がいる」
「殿下の、お知り合いですか?」
「いや、母上の古い友人で、自ら魔女を名乗る変人だ」

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